【咲妃みゆ(さきひみゆ)】Wiki経歴と学歴(大学)?本名・実家は

※本サイトはプロモーション広告を利用しています。
スポンサーリンク

咲妃みゆさんは宝塚歌劇団でトップスターとして活動後、退団してからも舞台や映像作品で活躍されています。

2026年も『波うららかに、めおと日和』(フジテレビ系ドラマ)や『男ともだち』(映画)など話題作への出演が絶えません。

そんな咲妃みゆさんがこれまで経歴を辿ってこられたか、また通っていた学校などは気になるところです。

この記事では咲妃みゆさんの経歴・学歴や本名などの情報について解説します。

咲妃みゆ Wiki経歴

咲妃みゆさんの経歴とプロフィールを紹介します。

  名前:咲妃みゆ(さきひみゆ)
  愛称:ゆうみ
  生年月日:1991年3月16日
  年齢:35歳(2026年10月時点)
  出身:宮崎県児湯郡高鍋町
  身長:160 cm
  血液:A型
  事務所:BLUE LABEL


咲妃みゆさんは宮崎県の児湯郡高鍋町出身で、高校のときにお父様から勧められたことをきっかけに宝塚音楽学校を目指すことになり、見事合格を果たしました。

2008年に宝塚音楽学校へ第96期生として入学し、2010年の宝塚歌劇団入団を経て月組へ配属されました。

その後2012年に雪組へ組替えとなり、圧倒的な歌唱力と緻密な演技力が評価されていきます。

2014年には早霧せいなさんの相手役として雪組トップ娘役に就任し、『ルパン三世 -王妃の首飾りを追え!-』や『るろうに剣心』といった話題作でヒロインを務め、劇団の黄金期を支えました。

2017年7月の東京宝塚劇場公演『幕末太陽傳』や『Dramatic “S”!』の千秋楽をもって、トップスターの早霧せいなさんと共に宝塚歌劇団を退団しました。

退団後は芸能事務所BLUE LABELに所属し、舞台やミュージカルを中心に本格的な女優活動を開始。

『アンナ・カレーニナ』『ファントム』『ガイズ&ドールズ』などの名作舞台に次々と出演し、その高い歌唱力と表現力で観る者を魅了し続けています。

咲妃みゆ 本名

咲妃みゆさんの本名は 長友 悠美(ながとも ゆうみ)さんと仰るそうです。

愛称で”ゆうみ”と呼ばれているのは”悠美”という下の名前に由来しています。

※宝塚歌劇団では団員同士がお互いを呼び合う際に、本名の下の名前やニックネームを使用することが多いそうです。

ファンや関係者の間でも、親しみを込めて『ゆうみちゃん』と呼ばれるのが一般的です。

咲妃みゆ 学歴

咲妃みゆさんの学歴について紹介します。

小学校は地元の公立校とみられていますが、具体的な学校名は明らかになっていません。

中学は私立の日向学院中学校へ受験して進学しています。当時は合唱部に所属して、歌の練習に励んでいました。

高校は同校の日向学院高等学校へ内部進学しました。合唱部で九州大会の準優勝を果たした他、英語の弁論大会に出場するなど文武両道な学生生活を送りました。

また高校在学中に父親から勧められ宝塚音楽学校を受験、見事合格しています。

高校卒業後の2008年に宝塚音楽学校へ入学し、大学へは進学していません。

咲妃みゆ 実家と故郷

咲妃みゆさんのご実家は、宮崎県児湯郡高鍋町にあります。

ご両親はいずれも教員をされており、みゆさんは温かい家庭環境のもとで育てられました。

本人もインタビューなどで宮崎での子供時代を振り返っており、現在は高鍋町ふるさと応援大使も務められています。

この高鍋町は宮崎県のほぼ中央、日向灘に面した自然豊かな町です。

『九州の小京都』とも称される歴史ある城下町で、江戸時代には高鍋藩の陣屋町として栄えました。

また、温暖な気候と豊かな自然に恵まれており、太平洋(日向灘)に面した海岸線や緑豊かな公園などが広がっています。

人々の温かさ、自然と歴史が調和した落ち着いた雰囲気の街です。

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました